#36 胸腺の悪性腫瘍:胸腺腫、胸腺癌、胸腺カルチノイド
はじめに
胸腺の悪性腫瘍は比較的稀ですが、CT検診などで偶然発見される例も増えてきています。日本全国で胸腺腫瘍による死亡は年間約400名(2014年統計)おります。また、胸腺腫では重症筋無力症、胸腺カルチノイドではクッシング症候群などを合併しやすいという面白い性質もありますので、これらの腫瘍について簡単に記載します。
Ⅰ. 胸腺腫
胸腺上皮細胞から発生する腫瘍で、非腫瘍性に増殖する未熟T細胞が様々の割合で混在します。一般に胸腺腫は緩徐に増殖し、被膜を有することが多いです。胸腺悪性腫瘍の80%以上を占めます。
<分類>
予後に関与する因子分類として、正岡病期分類、WHO臨床病期分類、WHO組織学的分類があります。正岡Ⅰ期、WHOⅠ期は被包型胸腺腫とも呼ばれ、保険審査病名では良性腫瘍扱いです。しかし、術後10年から20年の間に数%ですが腫瘍死を認めていますので、悪性疾患として対応していただきたいものです。Ⅱ-Ⅳ期は浸潤性胸腺腫とも呼ばれます。WHO組織学的分類のA型は紡錘形から卵円形腫瘍細胞が中心、AB型はA型胸腺腫に未熟T細胞が豊富に混在、B1-B3型は多角腫瘍細胞に未熟T細胞が混在したものです。B1-B3は腫瘍細胞の異型度と未熟T細胞の混在割合から分けられます。
<特有の合併症>
1.重症筋無力症
胸腺腫症例の約1/4に重症筋無力症が合併しています。重症筋無力症は胸腺腫内で成熟するT細胞の自己抗原に対する寛容誘導が不完全なため生じ、胸腺腫合併の重症筋無力症ではほぼ全例抗アセチルコリンレセプター抗体陽性です。重症筋無力症に合併する胸腺腫の殆どがB1-B3型胸腺腫です。
2.赤芽球癆
胸腺腫症例の5%程度に赤芽球癆が合併しています。赤芽球癆に合併する胸腺腫はA型やAB型が多いといわれています。
3.低ガンマグロブリン血症
胸腺腫症例の0.5%程度に低ガンマグロブリン血症が合併しています。気道感染を繰り返すものはGood症候群と呼ばれます。
<治療>
切除可能な場合は外科的切除術を第1選択とします。標準術式は胸腺と腫瘍の摘出術で、重症筋無力症を合併している症例では、拡大胸腺摘出術を行います。また、完全切除が不可能な場合には、亜全摘でも生存延長に意義があると考えられており、胸膜播種巣なども手術対象となります。化学療法は、ADOC療法(Adriamycine, Cisplatin, Vincristine, Cyclophosphamide)やCAMP療法(Cisplatin, Doxorubicin, Methylprednisolone)などが行われます。また、胸腺腫にみられる未熟T細胞はステロイドでアポトーシスに陥ることから、ステロイドパルスも行われることがあります。放射線治療は進行胸腺腫の局所制御や術後補助療法として行われますが、術後補助療法としての効果は否定的な見解が主流となってきています。
Ⅱ. 胸腺癌
胸腺上皮細胞から発生する腫瘍で、核異型や核分裂像を伴い、細胞学的に悪性のものです。胸腺腫が本来の胸腺の特徴を模倣する機能性腫瘍なのに対して、胸腺癌の腫瘍細胞は未熟T細胞の増殖を伴わず、上皮細胞としての機能を失っています。胸腺悪性腫瘍の14%程度を占めます。
<分類と特徴>
日本では、扁平上皮癌が60%以上を占めます。他に、未分化癌、小細胞癌、腺癌などがあります。重症筋無力症や赤芽球癆は殆ど合併しません。隣接臓器への浸潤傾向が強く、肺・骨・肝などへの血行性転移の頻度も高いです。
<治療と予後>
切除可能な場合は外科的切除術を第1選択とします。しかし、胸腺腫と異なり腫瘍の不完全切除は生存延長に寄与しないといわれていますので、腫瘍量を減らす亜全摘は意義がないと考えられます。化学療法は、胸腺腫に準じてADOC療法やCAMP療法などが行われます。また、放射線治療も併用されることがあります。術後補助療法としての放射線治療の有効性は認められています。切除可能例での5年生存率は50%、切除不能例では24%程度です。
Ⅲ. 胸腺カルチノイド
胸腺神経内分泌細胞から発生する腫瘍で、神経内分泌腫瘍の高分化型に相当します。消化管や肺のカルチノイドよりもリンパ節転移が多く、予後もやや不良です。胸腺悪性腫瘍の3%程度を占めます。
<特有の合併症>
1.Cushing症候群
腫瘍から異所性にACTHが産生され、Cushing症候群を呈するものが30-40%に認められます。
2.多発性内分泌腫瘍症1型(MEN type1)
胸腺カルチノイドの20-25%にMEN type1が合併します。
<治療と予後>
外科的切除術を第1選択とします。胸腺カルチノイドの25%にリンパ節転移を伴いますので、周囲の前縦隔脂肪組織を含む拡大胸腺摘出術が行われます。再発率は64%と高率ですので、術後補助療法として放射線治療を追加されることが多いです。化学療法は、確立されたものがまだありません。切除可能例での5年生存率は85%程度です。
以上、胸腺の悪性腫瘍について紹介いたしました。検診などで前縦隔に腫瘤を指摘された患者さんがいらっしゃった場合には、上記疾患のこともありますので、一度専門医にご相談してみてください。